リコッコ家のホームデコール雑記帖

旅して巡って、ボーホー・ラスティックな家

安価な絵の具で椅子を再生して付き合いを深め中

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小学生の頃。家から学校までの通学路には、その匂いと音に惹かれる場所があった。

そこは同じクラスの子の父親が営んでいる、都会の片隅にある椅子工房。

山から採れる金属。森からの木と動物の皮。それらを巧みに操って出来上がるのは椅子。

朝には工房の窓から漏れ漂う木や皮の匂いを嗅ぎ取るために歩を遅めて、夕刻には槌を揮う音に耳を澄まして足を止める。

そんな日々が続いた。いつか椅子で贅沢をしたい。そんな思いを抱えるようになった。

それを告げると工房主は、大人になったらそんな椅子を注文してくれ、と製作途中の椅子を指差す。

それは小売価格が付く前の出荷値が10万円ほどのものだった。それくらいの覚悟があって言ってるのかい?と私を窘めるようとしたのかもしれない。

私は本気だ。本気で言っているのだ。20歳になる前に1脚の予算100万円で注文するよ。

 

 

 小学生の頃、そんなことを思っていて、不遜で生意気だったなあ。などと回想したのは、この前記事『我が家の家具と装飾への思いとサイズ感の伝わりにくさ』が発端で。 ↓

 

ricodecor.hatenablog.com

 

 

 

新居にて現在ある家具は、建設会社が短期で貸してくれている小さなガラス製テーブルのダイニングセットと、寝具マットレス。他には何もない。短期と言っても、もう2カ月以上借りている。既製品を注文したり独自に製作依頼した家具は、もう暫く届きそうもない。

例外としては、4脚の椅子。これだけは旧居から持って来た。(壁の塗装に関する記事の写真に頻繁に登場している。)

築50年超えの旧居でアンティーク家具主体の暮らしをする前の数年間は、諸事情により数か月単位でのコンドミニアム間での引っ越し癖が絶えなかった。その当時の諸事情からして利便性を優先で。

ある日、コンドミニアム上階から下を眺めていて、誰かが引っ越し進行中の状況なのを目にする。なんとなく眺めているだけだったが、8脚の椅子と大きな長テーブルをゴミ捨て場のほうへ運んでいるのに気付いて、私の視線が眺めるから凝視に変わったのだろう。

欲しいの?と、階下から大声で呼び掛けられた。すぐに駆け下りる。実物を目にすると、上階から見た印象よりもずっと長テーブルは大きかった。これを持ち込んで無理なく収まるだけの空き空間はない。椅子も8脚すべてでは多すぎる。ダイニングセットをばらしてしまうと勿体ないと逡巡したが、椅子4脚だけを譲ってもらうことにした。

私が所有したことない、買おうとしたことがないデザインの椅子。どこでも買えるようなありきたりと言えば、そんな椅子。以前の持ち主が捨ててしまおうと考えたのも不思議はない傷みのある椅子。だけど、何かきっと良い縁があるのだろう椅子。

それならば、塗るべしね。再生させようじゃないの。1脚に付き、各2色で塗り上げる。2ドルのアクリル絵の具を8つ買って来て16ドル。8ドルの仕上げ剤も追加で、計24ドル。廃棄される寸前の椅子4脚を再生させるのに24ドルか。

そうしたそれらの椅子とはもう5年近い付き合いだ。今回の急遽転がるような目まぐるしい引っ越しでも、これは持って行こうと運んできた。いつまで付き合えるのかはわからないが、現在は壁塗装の際にちょっとだけ高所へ手が届くように上るのにも活躍中。